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ツバメの渡り

  • 執筆者の写真: Nobuhide Kido
    Nobuhide Kido
  • 4月8日
  • 読了時間: 6分

ポカポカ陽気が増えたここ最近、軒先にツバメの巣を見つけました。最近ではすっかり珍しくなったツバメの巣には、3羽のかわいらしい雛が元気な顔を覗かせています。親鳥が一生懸命子供たちに餌を運んできています。今回は、そんなツバメの物語です。


一、巣立ち


春のある日、一軒の民家の軒先に、小さなツバメの巣がありました。


その巣には、三羽の雛が肩を寄せ合って暮らしていました。親鳥は朝から晩まで飛び回り、せっせと虫を運んできます。三羽はぽかぽかとした日差しの中で日ごとに大きくなり、やがて親鳥と見紛うほど立派な若鳥へと育っていきました。


三羽はほとんど同じ大きさに見えましたが、最初に卵からかえった兄ツバメだけは、ほんの少しだけ体が大きく、顔つきもどこか自信ありげに見えました。


いよいよ巣立ちの朝が来ました。


親鳥たちは近くの電線に止まり、やさしく声をかけました。


「さあ、おいで。お前たちなら飛べるよ」


兄ツバメは少し迷った様子がありましたが、真っ先に巣から身を躍らせました。風を切って宙に舞い上がり親鳥の隣に止まりました。親鳥は大喜び。


「あなたはなんて勇気があるの。立派だわ」

「そうだね。きっと将来は素晴らしいツバメになってみんなのリーダーになるに違いない」


口々に兄ツバメを褒めたたえます。


ホクホク顔の兄ツバメが残った二羽に向かって言いました。


「ほら、僕でもできた。みんなも飛べるから、早くおいで!」


残された二羽は、互いに顔を見合わせたり、親鳥を見たり、兄ツバメを見たりしています。すると、片方のツバメが囁きました。


「外は危険がいっぱいだよ。ここにいれば、お父さんとお母さんがご飯を持ってきてくれるじゃないか。わざわざ外に出ることはないよ」


その言葉は、蜜のように甘く胸に沁みました。


もう片方のツバメは正直なところ、自分が空を飛べるとはとても思えません。自信もありません。けれど、親鳥が「おいで」と呼ぶ声のほうが、どこか正しいように感じられました。


――よし。


そのツバメは目をつむって、巣から飛び出しました。


するとどうでしょう。体がふわりと浮き上がり、翼が自然と風をとらえました。気がつけば、空を飛んでいました。


「飛べた。僕は飛べたんだ。」


春の風がツバメをそっと支えていました。




二、嘴


巣立ちを終えた後、二羽は親鳥から飛ぶ練習と餌の取り方を教わりました。


兄ツバメは体つきが良かっただけあって、何でもあっという間に覚えてしまいました。空中で虫をパクリと捕まえる様子は実に鮮やかで、親鳥たちは声をそろえて褒め称えました。兄ツバメもまんざらではない顔で、胸を張って飛び回りました。


一方、もう一羽のツバメはなかなかうまくいきませんでした。


飛び始めるのも遅く、餌を取るのも遅い。


親鳥は「やればできる」と言ってくれました。しかし兄ツバメは違いました。


「なぜできないんだ。お前は能力がないな」


そう笑いながら飛んでいく兄の後ろ姿を見ながら、ツバメは小さくなりました。


けれど、お腹が空くことだけはどうにもなりません。空腹に耐えかねたある日、ツバメは思い切って飛んでいる虫に飛びかかりました。


パクリ。


なんと美味しいことか。


それから少しずつ、ツバメは餌を取れるようになりました。やがて自由に空を飛び、いつでも食べられるようになり、親鳥の元を離れても一人で生きていけるようになりました。


そんなツバメには、悩みがありました。


兄ツバメは飛ぶ能力も高く、体つきも立派で、仲間たちから憧れの目で見られていました。それに引き換え、自分は飛ぶ能力も低く、なんとか餌を捕まえられる程度、体つきもごく普通で、地味で冴えない。それになんと言っても嘴の色。自分でもあまり美しくないことはよく分かっていました。。

ツバメはそのことが、ずっと心の隅に引っかかっていました。



三、渡りの日


暑い夏が過ぎ、空気がひんやりと変わり始めた秋の頃、ツバメたちの間でひとつの話が広まりました。


「冬が来る前に、南へ渡らなければならない」


この地の冬は厳しく、留まれば命を落とすというのです。しかし大海原をはるか遠く飛び続けるなど、ツバメには想像するだけで息が詰まりました。なにしろ、やったことがありません。その先に何があるかもわかりません。


仲間の一部はこう言いました。


「冬に死ぬなんて嘘だ。この地に留まろう」


その言葉もまた、甘く胸に響きます。ツバメの心は揺れました。


そしていよいよ、渡りの日が来ました。


兄ツバメはみなから「お前なら絶対大丈夫だ」と声をかけられ、自信満々でした。


「俺が一番乗りで着いてみせる」


そう言って真っ先に飛び立ちました。そして空から呼びかけました。


「お前も早く来い」


ツバメはひどく迷いました。自信などありませんでした。未経験の距離を飛び切れる根拠など、どこにもありませんでした。


それでも、ツバメは飛び出しました。



四、大海原


飛び始めてしばらくすると、後ろの陸地がみるみる遠ざかりました。


前を見ても、横を見ても、海だけが広がっています。どこまで行っても、次の陸地が見えません。


「このまま陸地がなかったら。疲れて海に落ちたら。」


翼が重くなってきました。お腹も空いてきました。不安が波のように押し寄せてきます。飛ぶ力が落ちていくのが、自分でもはっきりとわかりました。


周りを見ると、仲間たちも皆、苦しそうな顔をして飛んでいました。誰も誰かを助ける余裕はありません。励ましの言葉をかけることもできません。


ふと遠くを見ると、兄ツバメが何かを叫んでいました。


「誰か俺を励ましてくれ!俺は素晴らしいツバメだと言ってくれ!そうでないと、力が尽きてしまう!」


しかし誰も答えませんでした。皆、自分のことで精一杯だったからです。


ツバメは自分の不甲斐なさを嘆きました。


「もっと能力があれば、こんなところは楽に飛べたのに。」


そのとき、ふと、これまで生きてきた日々のことが心に浮かびました。


巣立ちの朝、初めて自分で虫を捕まえ時。できないと思っていたことが、やってみたらできたんだ。


「そうだ。僕はいつだって、できない不安に打ちのめされてきた。でも、ちょっと勇気を出してやってみたら、できたじゃないか。」


そして次の瞬間、心の奥底からじわりじわりとある思いが込み上げてきました。


「僕は飛び切れる。僕はできる。僕はできるツバメなんだ。やってやる。」


何の根拠もありませんでした。そう自分に言ったところで、速く飛べるわけでも、力がみなぎるわけでもありませんでした。それでも、ツバメはただひたすら、自分自身に声をかけ続けました。


「できる。できる。僕はできる。」



五、陸地


遠くに、黒い影が見えました。


陸です。


そこから先の記憶は、ほとんどありません。ただ必死に、自分を励ましながら飛び続けました。


気がつくと、足の下に枝の感触がありました。


ツバメは、大海原を渡り切っていたのです。


しばらくの間、ツバメはその場に座り込んで、ぼんやりとしていました。やがて息が整い、心が落ち着いてくると、ひとつの考えが静かに、しかしはっきりと胸の中に灯りました。


「そうか。自分で自分を励ますことができれば、想像もできないような力を引き出すことが出せるんだ。」


「これは自分にしかできない。死ぬ直前まで、諦めずに生きる道を探すんだ。」


そしてツバメにはある気づきがありました。


嘴の色


「どうせ誰も褒めてくれないなら、自分で自分を褒めてあげればいいじゃないか。この嘴の色だって」


ツバメは、自分の嘴をそっと見ました。


悪くない、と思いました。


お腹が減ってきたツバメはふわりと空に飛び立ちました。



おしまい

 
 
 

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